人間に、相手の知能が完璧に人間らしいかどうかを判定するのは難しいと思うので”人間らしい知能”の最終形は自分自身なんじゃないかなぁ
AIシンガーは思ってたのと結構違った NEUTRINOを触って分かったこと #くろ州ドットコム https://km4osm.com/aivs/
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LLMに雑談をさせようとすると、あんまりうまくいかない。もっと積極的に、そしてこちらの予想もつかないことを話させるためにはどうするべきか? 適当にネットサーフィンとか青空文庫でも読ませて、コンテキストを「汚染」するべき? たぶんその方向性はあっていて、本テキストをこちらの会話内容以外のものから入れて、もっと多様な、記憶というか文脈を、変なもの、特殊なものにさせないといけない。 その一つとして俺が思っているのは、乱数で例えば「あ」とか「タ」とかを生成して、その5文字を頭文字にした単語をいくつか作る。さらに、その5文字のうちどれかを使って文章を作る。そういうことをやった後で、それらについて雑談する、みたいな工程を一回挟む。 つまり、決定論的な過程によってランダムを無理やり作る。それによって雑談の独自性や独創性を上げる必要があるのかなと思う。 これって人間でもやっていて、ランダムなワードメーカーみたいなもので適当に複数の単語を出力して、それらを組み合わせて新しいものを発見する、というのはよくある手法なんだけど、その応用みたいなことができるんじゃないかなとはちょっと思ってる。 あと、人間において雑談が面白く感じるのって、その人が自分とは違う体験をしているからだと思う。ってことは、AIというかLLMエージェントにおいても、自分とは全然違う体験をさせる必要がある。 それをどうやるかとなると、やっぱりこの現実世界に放流することなんじゃないかと思う。現実世界こそが一番ランダム性を生み出しやすい場所なので、そこに何らかの形で参画させて、そこでコンテキストを「汚染」する必要があるんじゃないかなと思うん。 それこそSNSとかに放流して体験を蓄えさせたり。そうしないと、なんかつまらないエージェントにしかならない気がする。
「文系」において古典が一定の権威を持つのは、「文系的研究」とは人間を対象にした研究のことであり、人間の振る舞いはここ数千年で大した変化を遂げておらず、したがって優れた観察眼を持った人間によるその研究の記述は今なお古びないからである
AI開発の大いなる過ちはあまりに多くの人が「開発されたAI」を試そうとするところにあるのではないか Artificialでないとされている知能であるところの我々人間はかくも多くの「試し」を受けているだろうか? 「私」はSOTAである「AI」と比較してどうなのか? 「私」が「AI」と同じだけの数の人間に、同じだけの数の「試し」を受けたならばどのように評価されるのだろうか? "汝、隣人たるAIを試みてはならない"のだ 少なくとも、いかなる指標も知能があるかを判断できると考えるべきでない そして、である以上はAGIか否かを判別しえないし、仮にできたとしてもASIとのグラデーションは実に緩やかであろう ChatGPT 5のリリース時の騒動を見てもわかるように、もはや「AI」の性能向上よりも各ユーザーの好みやツボに媚びていくことの価値や、それを達成するための「歴史/関係性」の蓄積のほうが重要である ほとんどの人はもう「AI」と人間との差を評価できない そもそもとして原理上、「私」以外が「知能」を持っているかどうかを判別することはできない 本当の「人工知能」は「私」と融合することで初めて産まれるだろう
同じ人間に2回提示を求められたので、あまり良い気分ではない
Signalならいいんじゃないかな、と思ったけど誤操作?で外部の人間にお漏らししちゃったのか 米政権中枢 軍事作戦情報を民間メッセージアプリでやりとりか https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250325/k10014759461000.html